幕末といえば新撰組といえば「八木邸」。
という事でやってきました。八木邸では説明してくださるガイドさんがいてとてもわかり易かったです。
八木邸でも竜馬の酢屋でもそうですが、京都においては、新撰組も海援隊もよそ者の悪たれなので、末裔達はその話はタブーだったそうです。
新撰組が取り上げられたのは、昭和に入ってから文豪が調査をして発表したからで、東京の多摩の方で騒いでいただけで京都では誰も話題にしなかったそうです。
今でも、面白いのは八木邸を訪れる方は関東の方が多く、土佐、薩摩、長州の方達はほとんど来ないそうです。なるほど。
私の知り合いでも、福島(会津)と山口(長州)の方は裏切り者だとか、絶対嫁にはやらんだとか・・・。
なんだかんだとモツレてますね。
圧巻は芹沢鴨を夜襲です。
凄腕、芹沢を新撰組4人で殺害するのですが、画像の話を聞いている部屋で愛人のお梅、部下とその愛人が一太刀で殺害。(画像を撮った直後、写真を撮らないで、と叱られる。ごめんなさい)
そうとは知らず、私が座って話を聞いたのが、ちょうど部下の愛人が刺された場所。早く言ってよ~。
芹沢鴨は隣の部屋へ移動して、画像の机につまずいて転び、刺殺。
敷居の刀傷は沖田総司のものとも言われている。壮絶で鳥肌もんでした。
八木邸の向かいは前川邸で後に、新撰組はこちらに移動しました。
塀の右端の電柱のある辺で、隊長 山南敬介が切腹をし最後に恋人「明里」が別れの面会をしたところ・・・・・。死と隣合わせの時代ではよくある事なのでしょうが、悲し過ぎます。
死を潔いとされた時代だと思いますが、生きていなければやり通す事は出来ないです。
幕末めぐりはこの辺で終わりとします。
しかし、今回は何の情報も持たず(今まで興味が持てず知らなかった)、たまたま入った薬局のお婆さんに聞いたところから始まり、竜馬、池田屋、酢屋、長州邸跡、佐久間象山、八木邸、前川邸、他。
毎日が古いのに新しい発見でした。
これからの時代は世界的規模になってきましたが、大和魂よ世界に羽ばたけ。
その前に多くの大和魂を持った方達、曇りを払拭して大和魂を輝かせたいですね。
BY祥幹
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2009年8月2日